世の中は、とても便利になった。
効率化、標準化が進み、
誰がやっても同じ結果になるように、
あらゆるものが仕組みになっていく。
その善悪は、私には分からない。
ただ、その代償として
一人のために、誰かが徹底的に考えることは、
もはや当たり前ではなくなっている。
会社にはルールがあり、
商品には規格がある。
業務では効率が求められる。
だから、少し複雑な要望が出てくると、
「それは対応できません」
「そこまではできません」
という答えになりやすい。
たとえ、ビジネスとしては
非常に合理的であったとしても、
それが当たり前になれば、
人は次第に考えなくなる。
すでにあるものから選ぶ。
前例の中で答えを出す。
難しいことは、できないものとして処理する。
つまりは、思考の停止。
私は、そんな社会になっていくことが少し怖い。
本来、人間の尊厳とは、
思考を凝らし、工夫によって、
目の前の課題に立ち向かうことにこそある。
私は、そう信じているからだ。
予算が足りない。敷地が難しい。
要望が複雑。
単純な正攻法では成立しない。
そのような障壁は、
何かを得ようとすれば、すぐに立ちはだかる。
そんなことは当たり前だ。
「では、どうすればできるだろう?」
と考え続けようではないか。
壁は、ぶち壊すか、乗り越えるか、
あえて、すっ飛ばすためにある。
そう考えてみよう。
別の方法を探してもいい。
優先順位を整理するのも、
これまでになかった答えをつくるのもいいだろう。
そこにこそ、
「工夫する」という価値あるプロセスが生まれる。
そして私は、それこそが設計だと思っている。
だから、私は、一人ひとりに徹底して寄り添う。
それは、何でも言うことを聞くという意味ではない。
その人は、何を望み、
そして、
なぜ、それを望んでいるのか。
本質まで深く掘り下げた上で、
簡単に「できない」では終わらせない。
時には、違う答えを提案することもある。
どうしても諦めてもらわなければならないこともあるだろう。
それでも最後まで、
その人にとっての最適解を考え続ける。
それが私の考える「寄り添う」ということだ。
寄り添うことは、ただ優しくすることではない。
寄り添うからこそ、簡単には解けない問題に出会う。
問題に出会うから、考える。
考えるから、工夫が生まれる。
そして工夫を重ねるからこそ、設計者としての力も磨かれていく。
効率や標準化が求められる時代だからこそ、
その反対側を、誰かが守り抜かなければならない。
いや、私が守り抜きたい。
なぜなら、ここが個人が組織を超える瞬間だと信じているからだ。
そして、これが、私の設計に対するスタンスです。
2026年8月23日
設計事務所 Tabi
和田 貴裕
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